カテゴリー別アーカイブ:  ├エッセイ

●学校は何しに行くところ?

小学校高学年、そして中学生の頃。
毎日が楽しくて仕方ありませんでした。
だって学校は…友だちとおしゃべりしに行くところだったから!
中学校の授業中(!)ずぅっと隣の子に前の晩に見たテレビ番組のことなどを話しかけていました。
勉強?
それは3ヶ月先まで予習をして問題を解いてあるから、分からなかったポイントだけを聞いておけばすむことでした。
勉強は家でやることであって、学校でせっかく友だちに会えるのにおしゃべりしないなんて、もったいなくて仕方なかったものです。
成績はクラスで1番、そのうちに学年で1番になっていたので、先生もあまり文句が言いづらかったみたいです。
隣に座る子は少し迷惑そうでしたが(^^ゞおかまいなしでした。

高校は県内トップの進学校、そのまた進学クラス。
ここで…学校は楽しいものではなくなりました。
「休憩時間でも勉強をしていないのはおかしい」という雰囲気。
むっちゃくちゃオシャベリだった自分が変わってしまいました。
学校を変えたくて生徒会長になり(今まで学級委員にもなったことがなかったのですが)そして成績はトップクラスから100番、200番と落ちていきました。
(悲しい毎日だったけど、行動したことに悔いはないです)

小学校の高学年のころは、まだ今でも笑えるほど楽しかった。
毎日帰りにブランコや鉄棒で遊んで、体育館の屋根に忍び込んで天井が破れて落ちて先生に怒られたり。
毎日が笑いにあふれていました。
今でもあれは人生最高の時だったといえる気がします。

だから、今の子どもたちにも小学生生活を楽しんで欲しい。
だから、わたしは「中学受験」というのが嫌いです。
小学校5年、6年という最高に輝く青春のとき(と私は思っています)を、なぜに勉強漬けにしなければならないの?
心の葛藤があります。
だから、中学受験というのはもう受け付けません。

(お子さまの教育でお悩みの方へ。
 小さいころに、読書の楽しみだけ教えてあげてください。
 本さえ読めたら、算数でも理科でも出来るようになりますよ)

田舎で育ったのは(都会が羨ましかったけど)今にして思えば幸せなことだったのかもしれません。
小学校は、田んぼわきの通学路を道草をくいながら、上級生が常に大将で先導して、メダカをすくったり、強制的に草野球の球ひろいをさせられて。
自然に上下関係や人間関係を学んでいたと思います。

今の子どもたちを責めるのは可哀想です。
あぜ道や空き地を奪ってしまったのは、私たちなのですから。

塾に強制的に通わされたことも2回くらいありました。
でも、どれも2,3回でやめました。
せっかく学校の授業が終わって、また同じような授業なんて、馬鹿馬鹿しくて、遊ぶ時間がおしくって、やってられなかったからです。
「自分でやって一番になるからいいよ」
芥川龍之介の小説を国語辞書をひきながら読むことに比べれば、教科書をずっと先のほうまで読んでおくなんて、やさしいものでした。

なぜ小学生であせって英語をしなければいけないの?
中学校からABCを覚えたっていいじゃない。
「日本語力さえしっかりあれば」英語もどうにかなります。
・・・うん、してもいいよ
でも ムキにならないで
楽しみながら ね

それよりも!
遊べよ 遊べ
小学生の仕事は、遊ぶことだよ
ただ、絵本でいいから、虫の図鑑でいいから、本に親しんでね。

未来の人生は大切だよ
でも、今の人生、帰ってこない貴重な時間を楽しんでね!

●夏子ちゃんの宝物


夏子ちゃんは
小学校5年生
とっても元気な女の子
お勉強の成績は
決してよくありません
でも
お母さんが大好きな
普通の子


お母さんはいつも忙しく
イライラすること
だってあります
ちょっぴり
おこりんぼう
かもしれません
でもそんなお母さんが
そのままのお母さんが
夏子ちゃんは大好きです
今日は学校で算数のテストがかえされました
いつも40点だった夏子ちゃん
でも今日はいつもの倍の80点です

(早くお母さんに見せてあげよう!)

おかあさんの喜ぶお顔が見たくって
おともだちの誘いもことわって
夏子ちゃんは駆け足でおうちに着きました
おかあさん!
ねえ、ほら
見て!

あら、20点もまちがえてるわよ
それにこのテスト
やさしかったんじゃない

(おかあさんのばか!ばか、ばか!)
玄関のチャイムが鳴りました
おとうさんです
飛び切りの笑顔でおかえりです
ほら!
夏子の大好きなケーキ
おいしいぞ!


でも、どうしたことでしょう
箱をあけてみたら
ぺっちゃんこです
おとうさんは
心配になりました
(夏子おこるかなぁ)
おとうさん
ありがとう!
だいすき!

夏子ちゃんは
ケーキより
おとうさんの気持ち
それが嬉しかったのです
お母さんは気づきました
(夏子、ごめんね)
あぁもう!
ほんとにドジなおとうさんなんだから
ほら見てよ!
夏子の成績をちょっとは見習ってよ!

あ、ほんとだぁ
おとうさん
夏子を見習います!!

その夜
夏子ちゃんのおうちは

いつまでも
いつまでも
笑いがたえることはありませんでした

 あなたは
  気づいて
   いますか



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●英語って、好きですか?

$●中学英語も不安なあなたへ(成田市の初級英会話教室ワイズアカデミー)-ロチェスターの公園

(これは学習とは関係ありません。わたしの思い、エッセーです)
わたしは今まで「英語が好き」という感覚になったことがありません。
なぜなら英語は「海外で働く」という夢をかなえるために必要だったので、そのために必死に学んだ、というのが全てだからです。

アメリカでヨーロッパで、ビジネスのために駐在しました。
英語は「意志を通じるためのツール」であり、目標は飽くまでもビジネスの達成でした。
日本・アメリカの電気製品の共同開発が、わたしが関わってきた仕事でした。
ビジネスの現場で必要とされたのは「日本語の正確な理解力」でした。
(和英・英和の翻訳は、ある程度の力と時間があれば誰でもできることです)
例えば「しゃこう」はプリンターならば斜行=SKEW(紙が真っ直ぐ通過しないこと)であり、スキャナーならば遮光=SHADOW(光を遮蔽すること)を主に意味します。
この「日本語」を理解する力がなければビジネスで使い物になりません。
これらの技術問題が解決されることに、私は最高の喜びを感じてきました。
英語は目標ではなく、ビジネスのツールとしての存在でした。
「英語が好き」という人は、話すことそのものが好きなのかもしれませんね。
私は日本語でもお喋りが不得手なので、羨ましく感じます。
しかし私の喜びは「品質改善」「価格・納期の合意」「契約の完結」などにあり、そこにたまたま英語という言語を介した、というだけのことです。

「食事での会話が楽しみ」のような社交的な性格であれば、人生がもっと変わり、英語そのものについて楽しみや喜びを感じられたかもしれませんね。
生まれ変わったら、そういう人になりたいものです。

私は英語が好きでも嫌いでもありません。
でも、自分の知識や経験が役立って「人の喜ぶ顔」を見るのは大好きです。
だから、喜びの声を聞きたいから、今でも勉強をしています。
その手段が、たまたま英語だった、というだけです。

あなたは、なぜ、英語を勉強していますか?
「夢」を実現するため、ではないでしょうか。
あなたの夢は、なんですか?


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●下町☆女性司法書士の日常~笑顔で過ごせる毎日を~(おすすめ)

$中学英語も不安なあなたへ(よっちゃんの やさしい英語レッスン)英会話、知っていると便利な一言-スミちゃん

笑顔がトレードマークの女性司法書士スミちゃんのブログをご紹介します。
下町☆女性司法書士の日常~笑顔で過ごせる毎日を~
スミちゃんと最初に会ったのは一年前のツイッターセミナーでした。
とても元気がよく笑顔で三枚目にもなれて周りをなごませてくれる方です。
早稲田大学の後輩にもなるので、最初からとても親しみをもてました。
彼女が皆から愛され慕われているのはブログのコメント数からも分かります。
あっという間に50くらいのコメントがついて、大人気で盛り上がっています。
ホームページからの自己紹介を抜粋します。

笑顔がトレードマークの女性司法書士 村山澄江オフィシャルサイトへようこそ
私は、人が大好きです。皆が笑顔で暮らせる、争いごとの無い未来を応援させていただきたいと思っています。そして、そのために司法書士の道を選びました。少しでも多くの方の笑顔を作り出すため、活動し続けています。

「成年後見制度」など社会奉仕的な活動にも積極的に取り組んでいるスミちゃんです。その笑顔にふれて心をなごませたい方は、どうぞブログを訪問してみてくださいね♪
p.s.
ホームページにはお客様の声に私も載せていただきました。
不動産や会社登記などのご用命はスミちゃん(村山澄江さん)までどうぞ!(^-^)/

下町☆女性司法書士の日常~笑顔で過ごせる毎日を~

Niagara Falls ナイアガラの滝

アメリカ五大湖のエリー湖とオンタリオ湖をつなぐナイアガラの滝絵文字
私のいたNY州ロチェスター市はオンタリオ湖に面した田舎の地方都市
絵文字を代表する企業KODAKとXEROX本社のある企業城下町でもありました
しかしこれと言って観光する所もありません
だから日本からの来客があると必ずと言っていいほど絵文字で1時間半かけてナイアガラの滝にお連れしたものです
その数50回位かな
滝は絵文字側とカナダ側に別れています
美しく一望できるのはカナダ側なので絵文字から行く時はパスポートを忘れないでね絵文字
滝につくとエレベーターで50m降りて滝の裏側の洞窟から膨大な降水を体感できます
また絵文字で滝のすぐそばまで近づけますがカッパを全身にまとってもずぶ濡れになって楽しいですよ絵文字
街中には大橋巨泉のお店があってこのおっちゃん儲けてんなぁ絵文字というのはちと余
ナイアガラの滝
Niagara Falls
滝はfall
ではなぜ
秋=fallなのでしょう
秋になると木の葉がハラハラと舞い落ちますね
(ボテっと落ちないね絵文字)
その様子からという説があります
滝もボテじゃなくて流れて落ちる様子を思い浮かべましょう
だから絵文字
同じ「落ちる」でも
drop=ボテっ
fall=はらはら~
という違いだよ
ちなみに
fall in loveは
恋に落ちる絵文字
そりゃまぁボテっと落ちる恋もあるかもしれないけどね絵文字
皆さん最近恋に落ちていますか絵文字

台湾のシーさん


英会話、知っていると便利なひとこと-台湾
海外の一人暮らしで一番困るのは食事でした絵文字
毎回外食ではお金がいくらあっても足りない絵文字
絵文字
それよりも問題は
「ひとりで食事」
なんて皆無なんですね絵文字
日本の定食屋さんのように素早く食事を出してくれたらいいんだけど絵文字ベルギーでは食事時の会話を大切にするからすぐに出すのは失礼なんですよね絵文字
手持ち無沙汰で待つ時間が長くて辛かったこと
日本食レストランはわずかにあったけど
「うどん1500」
とかね絵文字
だからスーパーのファーストフードのようなお店やカフェテリアはよく行ったもので絵文字
やはり家族連ればかりで肩身は狭いけど絵文字でも待ち時間に煩わされないだけマシでした
そんな時に偶然入った中華のお店絵文字
小さな小さな家庭的な雰囲気のお店
メガネをかけた元気なオバサンが一人で切り盛りしています(オバアサンと言った方が的確だけど)
フランス語で注文をとったオバサンでしたが絵文字一人で黙々と食事をし終えた私に話しかけてきました
流暢な日本語で絵文字
「あなた日本から絵文字
「一人で苦労してるみたいだね」
それから沢山お話をしました
オバサンは台湾から来た人でお名前はシーさんです
シーさんはこう言ってくれました
「いいよシーさんにまかせなさいよ」
「その日あるもので適当に作ってあげるから」
シーさんは本当にバカみたいに安い値段で時には和風のものを混ぜながら作ってくれました
シーさんの気遣いにそのまま甘えて毎日シーさんのお店に通いました
気がついたら1ヶ月も日本語を話していないような寂しい生活の中でシーさんのお店は心のオアシスでした
海外での人情はひときわ身に染みます
シーさんは私の心の恩人、命の恩人と言っていいかもしれません
その後出張で何度か台湾に行きましたが素敵な愛すべき人達ばかりでした
(大陸の中国では逆の思いをよくしましたが)
日本と日本人を好きで私を本当の息子のように面倒をみてくれたシーさん
シーさんへの感謝の気持ちを忘れたら人でなしです
私は一生台湾が好きで応援したい気持ちです

コリー

$中学英語も不安なあなたへ(よっちゃんの やさしい英語レッスン)英会話、知っていると便利な一言-フリーダー

兄貴は動物が大好きだった
今は島根で獣医をしている
飼った動物は沢山
りす、ニワトリ絵文字、伝書鳩絵文字、熱帯魚絵文字、亀絵文字
他にもあったと思う
親父は船乗りで

会えるのは数ヶ月に一回だけ

兄貴は…
「動物がいれば寂しくないから」
と母に言ってたらしい…
横浜の港に面会に行ったとき船
まだ幼稚園児だったがはっきり覚えている

小さなペットショップに小さな子犬わんわん
ちっちゃくて茶色くてミルクをペロペロなめてる赤ちゃんわんわん
(欲しい)
兄貴の輝く笑顔が忘れられない
島根まで帰る夜行寝台特急お月見
ダンボール箱に入れた子犬がクンクンないた
それに気づいた車掌さんはやさしく見逃してくれた
コリー犬の
フリーダー
新しい家族だった音譜

どんどん大きくなって身長も抜かれた
一緒に犬小屋で寝たり闘牛ごっこをしたり
お散歩で引っ張られてついた膝の傷は今でも残っている
大切な大切な傷あとラブラブ

毎日が幸せだった
何があってもフリーダーがいれば幸せだった
フリーダーは大きい声で鳴いた
大好きな子供達がいると遊びたくて余計にないた

ある日
母が久しぶりに帰宅した父親と話しているのが聞こえた
(うるさいと近所から苦情があるから手放さないと…)

ウソだろ!!
聞こえなかったことにしよう
そんなことありえない!!

ある日
帰宅すると
フリーダーが軽トラックに載せられていた

どうして!?
どうして!?
どうして!?
フリーダーだよ!?
フリーダーなんだよ!?

…兄貴にまで相談しなかった…
…それからは暗い数年間だった…

母よ
今でも…辛い思い出だよ


===
英検3級合格レッスン
あなたの夢の実現へ…基礎を築いてみませんか?

オランダとベルギー

$中学英語も不安なあなたへ(よっちゃんの やさしい英語レッスン)英会話、知っていると便利な一言-チューリップ

ベルギーは私が最初に海外駐在した国
国民の半分はオランダ系、半分はフランス系
事務所はオランダ系の従業員が大半だった
苗字にVanが含まれていることがよくある
これは英語でいえばfromに相当、つまり~出身という意味らしい
だからVan PeeをVan抜きでPeeさんと呼ぶのはおかしいと教えてくれた
オランダ系であるだけでなく国籍がオランダである人が多かった
John Gyselさんには特にお世話になった
仕事に、生活に、人生に…教わることばかりだった
今夜のサッカーは対オランダ
10回に1回は、日本が勝つ確立だってあるかもしれない
ちょうどオリンピックでブラジルをやぶったように
どちらが勝ってもうれしい
でも
オランダに優勝して欲しい
愛するベルギーとオランダ人の友人達のために

オイルタンカー

$中学英語も不安なあなたへ(よっちゃんの やさしい英語レッスン)英会話、知っていると便利な一言-海

親父は船乗りだった
遠いペルシャ湾から
石油を積んで帰ってくる
オイルタンカー
日本に帰ってくるのは
3ヶ月か4ヶ月に
一度だけ
母に手をひかれ
夜行列車に乗り
新潟や神戸、横浜
大きな港や
石油コンビナートの
ある町へ
父とは
エアメールで
お話する人
海外のおみやげ
持って帰ってくれる人
青い蝶々の標本
イラン
アフリカ
ニューヨーク
寂しくなんてなかった
生まれたときから
それが普通の生活
大きな船
はしからはしまで300m
学校の校庭より大きい
いつか船乗りに
なってみたい
でも父は言った
船乗りだけはなるんじゃない
家族と離れて
ひとりぼっちだぞ
言葉が心に突き刺した
でも父をこえたい
いつか世界をめぐりたい
死ぬほどの努力をした
夢はかなった
世界を駆け巡った
いつか父がきた街も
海がないと寂しい
ずっと海は
友達だったから
===
英検3級合格レッスン
あなたの夢へ向かって…基礎を築いてみませんか?

何も怖くなかった頃

外資系で2名が辞めた仕事をそのまま引き継ぎ、まさに3倍の仕事をこなした。
一日に100件のメールに返信をするのも平気で、やりがいに満ちていた。
自信に満ちていた。
こわいものなど…何もなかった。
電話会議で(どう言えば受けがねらえるか)など考える余裕があった。
英語が通じなければ「なぜ理解できないの?」と憤慨してみせるほどの覇気があった。
尊大で、怖いもの知らずだった。
でも…その若さって、素晴らしいことだったのかもしれない。
生意気だけど、輝きに満ちていたかもしれない。
今は…こわいねぇ(→o←)ゞ
あの頃よりも、むしろ少しは英語が上達したり…でも自分の無力さも知ってしまった。
読者の方には英語の日本トップクラスの方達もいらして、失礼のないように一つの記事を書くのにも慎重に調べて、大変な時間をかけている。
あぁ、それを思うと、あの頃は本当にすごかったなぁ。
言葉は(今でもそうだけど)語源を頼りに、意味を推測してつなぎあわせて分かった(ようなつもりになった)ものだったなぁ。
♪あの素晴らしい愛をもう一度(作曲:加藤和彦)

(加藤和彦氏は背広姿でにこやかにギターをひいていますね。ご冥福をお祈りします。。。)
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