(これは学習とは関係ありません。わたしの思い、エッセーです)
わたしは今まで「英語が好き」という感覚になったことがありません。
なぜなら英語は「海外で働く」という夢をかなえるために必要だったので、そのために必死に学んだ、というのが全てだからです。
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アメリカでヨーロッパで、ビジネスのために駐在しました。
英語は「意志を通じるためのツール」であり、目標は飽くまでもビジネスの達成でした。
日本・アメリカの電気製品の共同開発が、わたしが関わってきた仕事でした。
ビジネスの現場で必要とされたのは「日本語の正確な理解力」でした。
(和英・英和の翻訳は、ある程度の力と時間があれば誰でもできることです)
例えば「しゃこう」はプリンターならば斜行=SKEW(紙が真っ直ぐ通過しないこと)であり、スキャナーならば遮光=SHADOW(光を遮蔽すること)を主に意味します。
この「日本語」を理解する力がなければビジネスで使い物になりません。
これらの技術問題が解決されることに、私は最高の喜びを感じてきました。
英語は目標ではなく、ビジネスのツールとしての存在でした。
「英語が好き」という人は、話すことそのものが好きなのかもしれませんね。
私は日本語でもお喋りが不得手なので、羨ましく感じます。
しかし私の喜びは「品質改善」「価格・納期の合意」「契約の完結」などにあり、そこにたまたま英語という言語を介した、というだけのことです。
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「食事での会話が楽しみ」のような社交的な性格であれば、人生がもっと変わり、英語そのものについて楽しみや喜びを感じられたかもしれませんね。
生まれ変わったら、そういう人になりたいものです。
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私は英語が好きでも嫌いでもありません。
でも、自分の知識や経験が役立って「人の喜ぶ顔」を見るのは大好きです。
だから、喜びの声を聞きたいから、今でも勉強をしています。
その手段が、たまたま英語だった、というだけです。
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あなたは、なぜ、英語を勉強していますか?
「夢」を実現するため、ではないでしょうか。
あなたの夢は、なんですか?
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よっちゃん先生(大森善郎)
鹿島学園高校・成田キャンパス
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4 Responses
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英語好きじゃないかも(笑)
勉強したい!喋れるようになりたい!!と思うのは、英語を喋れたらカッコイイし、世界中のいろんな国の人たちとお友達になることが出来るかもしれない☆と思うからで、好きとはちょっと違いますね(-。-;)
私の場合、憧れかしら☆
でも、タイ語ですら習得できずに居る今、英語なんて到底手が出せずに居ます(笑)
私の以前の職場に、50を越えてからカルチャーセンターや、ラジオで英会話を取得し最終的にはホームステイまで(半年間)成し遂げた女性がいらっしゃって、いつも私が「先生はいいなぁ♪私も英語喋りたい!」と言うと、「子育てが終わってからでも間に合うんだよ」と言ってくれました。
今は、ゆっくり自分のペースで勉強していけたらとおもっています☆
お喋りが大好きな私☆
英語が(英会話)が好きって言える日は遠いかもしれませんが、いつの日にかその夢をかなえたいと思いますo(^▽^)o
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>さおさん
コップンクワップ!
タイには出張で30回以上行ったけどね。
感心したことがあるんだよね。
5時までは工場で静かにしていて、タイ語も全くわからない(はずの)おじさんたち。
5時を過ぎて食事をして、そのあと(階段にキラビヤカなオネエさんたちズラッと並んでいる)お店にいくと…
ペラペラペラペラと楽しく会話がはずむ…らしいです。あくまで伝聞調(/ω\)
これはタイに限らないんだよねえ。
中には会社のお金で(!)タイ語をビジネスに活かしたい(ほんとはオネエさんと仲良くしたい?)ということで語学学校に通ってる猛者もいましたよ。
いやあ、目標があると人間ってちがうものだよねえ。
タイ語が好きとかなんとかじゃなくて、その先に目指すもの?があるからだねえ。
サオさんのダンナさんは当然ながら上に述べた人たちとはちがうと思いますが。
そうそう!
今は子育て一直線で間違いないよ。
あとでゆっくり時間ができるからね!
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80年代のポップスがすらすら意味がわかって自由自在に唄えるようになりたいのです
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>硬めさん
いいですねえ。
歌がうたえる夢、って素晴らしいですね。
何よりも自分が「好き」なことって一番やる気がわくし、継続できますよね。
わたしの歌の和訳シリーズが少しでもご参考になればうれしく思います。